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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(行ツ)7号 判決

上告人 東為良

被上告人 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

都市計画区域内において高度地区を指定する決定は、都市計画法八条一項三号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地区内においては、建築物の高さにつき従前と異なる基準が適用され(建築基準法五八条)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右決定が、当該地区内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地区内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地区内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。もつとも、右のような法状態の変動に伴い将来における土地の利用計画が事実上制約されたり、地価や土地環境に影響が生ずる等の事態の発生も予想されるが、これらの事由は未だ右の結論を左右するに足りるものではない。なお、右地区内の上地上に現実に前記のような建築の制限を超える建物の建築をしようとしてそれが妨げられている者が存する場合には、その者は現実に自己の土地利用上の権利を侵害されているということができるが、この場合右の者は右建築の実現を阻止する行政庁の具体的処分をとらえ、前記の地区指定が違法であることを主張して右処分の取消を求めることにより権利救済の目的を達する途が残されていると解されるから、前記のような解釈をとつても格別の不都合は生じないというべきである。

右の次第で、本件高度地区指定の決定は、抗告訴訟の対象となる処分にはあたらないと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立つて右判断の不当をいうもので、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 谷口正孝)

上告人の上告理由

一、昭和五三年一二月一六日付上告理由書記載の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の違背がある。

すなわち、「申立てない事項」について本件処分の違法性の有無及び法律効果の存否を判断し、「申立てた事項」そのものについて何ら判断もしない違法があり、憲法三二条で保証された裁判を受ける権利を奪つたものである。

この事件について控訴審は第一審を支持する旨の判断を示しただけで実質的な審理は何もしていない。また本件処分は昭和四五年に建築基準法の一部改正(昭和四五年法律第一〇九号)と、これに伴う都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号)の一部改正とがなされ、建築基準法付則による経過規定の有効期間中に行なわれたものであるので、上告人は第一審において訴状を補完するため準備書面をもつて付則により説明、主張をしたのに、第一審判決はこの点については全く一言半句も触れていない。

そこで、第一審で説明、主張したとおりのことをまとめ直してみると次のとおりになる。

建築基準法の一部を改正する法律(昭和四五年法律第一〇〇号)付則第一三項(都番計画法の一部改正)、第一五項(都市計画法等の一部改正に伴う経過措置)、第一六項(同上)、第一七項(同上)の規定により改正前の旧用途地域等(旧用途地域、住居専用地区、工業専用地区、空地地区または容積地区をいう。以下同じ)に関する建築基準法及び都市計画法の規定は施行日(昭和四六年一月一日)から昭和四八年一二月三一日まではなお効力を有するとされている(ただし昭和四八年末までに改正後の都市計画法による新しい用途地域を決定した場合は、その告示があつた日の翌日からその効力は失なわれる。)。従つて、昭和四八年末までに改正後の都市計画法による新しい用途地域を定めない場合は、既に決定されている旧用途地域等は同年末において効力を失なうことになるとされている。

また、昭和四八年末までは建築基準法の一部を改正する法律が施行された際(昭和四六年一月一日)、現に改正前の都市計画法の規定による都市計画(旧都市計画法により定められたものも含む)において定められている旧用途地域等については、旧用途地域等に関する規定がなお効力を有しているので、これらの規定に基づき、この期間内に、旧用途地域等が定められていた都市計画区域内に限つて、旧用途地域等の変更を行なうことは可能である。この場合、既に定められている旧用途地域等の変更に限るのであつて、例えば、本件のように都内全域にわたつて旧用途地域と容積地区だけが定められている場合に、旧高度地区を追加して決定するようなことは付則第一六項、第一七項の趣旨、目的を正面から否定するものであるからできない。

以上にみられるように、本件高度地区の変更決定処分及びその法律効果として生じた高度地区での建築制限の違法性、侵害性の有無を本件処分当時、有効に施行されていた前記建築基準法の一部を改正する法律付則第一三項、第一五項、第一六項、第一七項の各規定により判断すると、本件高度地区の変更決定処分及びその法律効果として生じた高度地区での建築制限は、決定主体たる被告に本件処分の権限を完全に欠如するという極めて強度の違法性をもち且つ具体的な権利侵害であることを断定することができる。

そして、このような法状態の下で敢えて被告東京都は当時改正前の都市計画法第八条、第九条の規定による容積地区に指定されていた(第一審判決の云うように建築基準法に基づき指定したものではない。)都内二三区全域について、高度地区の変更決定をなし、その旨を昭和四八年四月一九日東京都告示第四九六号をもつて告示し、告示と同時に改正前の建築基準法第五九条そのものによつて、直接区域内の利害関係者に高度地区に関する都市計画において定められた高さに適合しない建築物を建築してはならないとした具体的な建築禁止義務を負わしめ、その後改正後の都市計画法(付則による一部改正、昭和四三年法律第一〇〇号)第八条、第九条の規定による新用途地域の指定をなし、その旨を昭和四八年一一月二〇日東京都告示第不詳号をもつて告示し、告示と同時に改正後の建築法の各地域ごとの規定そのものによつて、直接利害関係者に建築制限に適合しない建築物を建築してはならないとする具体的な義務を負わしめ、告示後は、高度地区指定または変更決定があつた場合、その決定の告示と同時に改正後の建築基準法第五八条の規定そのものにより、直接地区内の利害関係者に都市計画において定められた内容に適合しない建築物を建築してはならないとする具体的な禁止義務を生ぜしめることとなる。という説明、主張を繰り返した。

かかる場合において、裁判所が本件高度地区の変更決定処分の違法性の有無及びこれによる建築制限の有無、特に本件処分による利害関係者たる原告に直接具体的な権利侵害が生じているかどうかの判断をするについては、付則の関係条項及び改正前の都市計画法第八条、第九条ならびに改正前の建築基準法第五九条の二(容積地区に関する)、第五九条の二の規定によらなければならない。

にもかかわらず、第一審裁判所が改正後の都市計画法の規定及び改正後の建築基準法第五八条により判断したのは違法である。

追記 文中「原告」とあるは上告人、「被告」とあるは被上告人と読み替えてもらいたい。

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